暮らしの中に美を求めて

民藝協会のあゆみ 昭和20年から昭和39年(1945年~1964年)

昭和20年から昭和39年(1945年~1964年)

昭和20年(1945)

3月
日本民藝館、時局急迫のため一時休館。
8月
15日 終戦。
12月
日本民藝館再開。

昭和21年(1946)

5月
日本民藝協会松本支部、日本民藝協会富山支部が発足
6月
日本民藝協会岡山支部発足。
7月
雑誌『民藝』復活第1号70号を発行(以後続刊の機会なく、この号で自然終刊となる)。
10月
日本民藝協会の事務所を駒場の民藝館に移す。日本民藝協会京都支部発足。 ※この年、三宅忠臣(のち忠一と改名)が、北海道で民藝運動の組織作りを始め、一年程で函館・小樽・札幌・岩見沢・旭川・紋別に北海道民藝協会の支部を作る。

昭和22年(1947)

10月
天皇・皇后両陛下、日本民藝館に行幸啓。
12月
日本民藝館で日本民藝協会第1回連合協議会。開会挨拶=柳会長。岩手・秋田・新潟・富山・栃木・埼玉・長野・静岡・京都・阪神・岡山・広島・鳥取の13支部から報告あり。北海道と青森は不参加。

昭和23年(1948)

5月>
『民藝』が月刊誌としての続刊の権利を喪失。代替の会員連絡誌『日本民藝』は23年10月、24年4月、25年12月、26年10月と計4冊発行しただけで終刊となった。
11月
京都相国寺本坊と大阪三越ホールで「日本民藝協会第2回全国協議会」、相国寺で柳会長の「美の法門」の講演あり。倉敷民藝館開館(初代館長、外村吉之介)。広島県民藝協会発足。四国民藝協会(丸亀)が発会準備会。

昭和24年(1949)

5月
東京上野松坂屋で、15年ぶりの日本民藝協会主催「第2回現代日本民窯展」。
8月
鳥取民藝振興会を鳥取民藝協会に改組し、日本民藝協会に参加。
10月
富山県城端別院で「日本民藝協会第3回全国協議会」。
11月
東京渋谷東横百貨店で日本民藝協会主催「全国民藝展」。
12月
鳥取民藝美術舘開館(初代舘長、吉田璋也)。

昭和25年(1950)

5月
大阪堂島に日本工芸館開館(35年に難波移転)。
8月
日本民藝協会が会報『民藝通信』第1号を発行(昭和29年7月まで17号発行)。
10月
松本市外霞山荘で、「日本民藝協会第4回全国協議会」。

昭和26年(1951)

1月
『工藝』大津絵を特集し、2年半ぶりに120号発行。終刊となる。
3月
九州民藝協会結成世話人会が発足(後に各県協会に発展する)。
4月
中部民藝協会が発会式。東京渋谷東横百貨店で、日本民藝協会主催「第1回琉球民藝展」(以後、昭和38年までに9回開催)。日本民藝館で「日本民藝協会新作展」。久しぶりの新作展の復活で、現在の「日本民藝館展」(館展)の先駆的な試みとなる。
10月
倉敷民藝館で「日本民藝協会第5回全国協議会」。

昭和27年(1952)

4月
日本民藝館で、毎日新聞文化使節として渡欧する柳宗悦・浜田庄司(文化使節は志賀直哉と3人)の歓送会を兼ね「日本民藝協会第6回全国協議会」。

昭和28年(1953)

2月
柳宗悦・浜田庄司、9ヶ月の欧米旅行を終え、18年ぶり来日のバーナード・リーチを同道、帰国。
6月
鳥取で「日本民藝協会第7回全国協議会」。
11月
日本民藝館で「日本民藝協会展」。この会で、現在の館展とほぼ同じ形の新作展が実現した。 ※ この年の秋、京都民藝協会再発足。

昭和29年(1954)

1月
丸亀市公民館で四国民藝協会再発足。
2月
『柳宗悦選集』10巻(春秋社)の刊行始まる。
5月
東京民藝協会発足。宇都宮・那須・日光で「日本民藝協会第8回全国協議会」。
10月
福島県民藝協会発足。
11月
東京民藝協会、たくみ工藝店から同店の機関誌『月刊たくみ』の発行権を譲り受けこの月刊の23号から東京民藝協会機関誌とする。

昭和30年(1955)

1月
東京民藝協会、機関誌『たくみ』を1月刊の第25号から『民藝』と改題。重要無形文化財制度発足。浜田庄司・富本憲吉ら重要無形文化財保持者(人間国宝)に指定される。
5月
平泉中尊寺と花巻温泉で「日本民藝協会第9回全国協議会」。
10月
東京渋谷東横で鳥取民藝協団25周年記念「第3回鳥取民藝協団新作展」。

昭和31年(1956)

3月
芹沢銈介、型絵染の人間国宝に指定される。
5月
松江と大社で「日本民藝協会第10回全国協議会」。
7月
長野県民藝協会が、松本で「第一回染色夏期学校」15日間の長期勉強会を開催。
10月
日本民藝館で、民藝館開設20周年記念「丹波古陶特別大展観」を開催。名古屋民藝協会発足。
12月
室蘭民藝協会発足。

昭和32年(1957)

4月
長崎民藝協会、神奈川県民藝協会(横浜民藝協会を発展的に解消)発足。
5月
神戸新聞会館と有馬山荘で「日本民藝協会第11回全国大会」(今大会から「全国協議会」を「大会」と改称)。
7月
「日本民藝協会会則」制定。会の目的を「柳宗悦の主唱にかかる工藝理論に基づき、我が国における工藝文化の普及確立とそれを通じて世界文化に寄与する」と規定(第3条前段)、「本会は、本会の目的に従い定められた規準によって承認された各地方の民藝協会及び民藝館の連合体である。各地方の民藝協会の会員は、同時に日本民藝協会の会員となるものとする」として、本部・支部制から各地協会と民藝館の連合体へと大胆な方向転換をし、同時に地方協会の公認制度を発足させた。
9月
福島県民藝協会承認。
10月
東京民藝協会の機関誌『民藝』を日本民藝協会に移管。10月号から田中豊太郎が編集。礪波民藝協会発足。
11月
柳宗悦、文化功労者の顕彰を受ける。
『民藝』昭和32年10月号

『民藝』昭和32年10月号

昭和33年(1958)

8月
北九州民藝協会承認。弘前・青森・酸ヶ湯で「日本民藝協会第12回全国大会」。

昭和34年(1959)

8月
上田民藝協会発足。
10月
名古屋の愛知県文化会館で「日本民藝協会第13回全国大会」。
11月
三宅忠一ら日本民藝協団を結成。安部栄四郎、島根県八束村に出雲民藝和紙陳列館を開設。

昭和35年(1960)

1月
日本民藝館の蔵品図録『民藝図鑑』全3巻の刊行始まる。監修柳宗悦、編集日本民藝協会、装幀芹沢銈介。
5月
東京鳥居坂の国際文化会館ホールで「日本民藝協会第14回全国大会」
6月
札幌民藝協会発足。
民藝図鑑

民藝図鑑

昭和36年(1961)

3月
倉敷の岡山県民藝協会事務所で「日本民藝協会中国四国協議会」開催。
4月
飛騨民藝協会承認。
5月
5月3日 柳宗悦死去、72歳。 福岡での日本民藝協会全国理事会(21日)で、新会長に大原総一郎、日本民藝館の二代目館長に浜田庄司推挙。引き続き、福岡市玉屋百貨店ホールで「日本民藝協会第15回全国大会」。
6月
出雲民藝協会承認。
11月
富本憲吉に文化勲章、柳兼子に紫綬褒章。

昭和37年(1962)

3月
沖縄民藝協会、日田民藝協会発足。
5月
高野山金剛峯寺本堂で「「日本民藝協会第16回全国大会」。
8月
軽井沢星野温泉で「第1回日本民藝協会夏期講座」。
11月
日本民藝館理事長制度新設され、理事長に大原総一郎就任。ちきりや工芸店店主丸山太郎、松本市山辺温泉に松本民藝館を開設。

昭和38年(1963)

5月
会津若松市民会館と東山温泉で「日本民藝協会第17回全国大会」。古河民藝協会発足。
8月
比叡山宿院大広間で「第2回日本民藝協会民藝夏期講座」

昭和39年(1964)

4月
那覇市沖縄配電ホールで「日本民藝協会第18回全国大会」。米軍占領下の沖縄での全国大会。
8月
松本市入山辺の霞山荘で「第3回日本民藝協会夏期講座」。
9月
東京オリンピックを記念し、日本民藝館で「日本の民藝」特別陳列。

大正14年から昭和19年(1925年~1944年)

昭和20年から昭和39年(1945年~1964年)

昭和40年から昭和59年(1965年~1984年)

昭和60年から平成16年(1985年~2004年)

平成17年から (2005年~ )

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