ところで、「民藝」の趣旨とは何か。もう少し柳の主張に耳を傾けてみよう。
そもそも「民藝」という言葉は、「民衆的工芸」の略語で、柳と美の認識を同じくする陶芸家の浜田庄司、河井寛次郎らによってつくられた言葉である。 つまり、民藝品とは「一般の民衆が日々の生活に必要とする品」という意味で、いいかえれば「民衆の、民衆による、民衆のための工芸」とでもいえよう。 柳は、何も美しいものはすべて民藝品であるとか、民藝品でなければ美しくないといっているのではない。
ただ、自由で健康な美が、最も豊かに民藝品に表れているという事実を見定め、そして、そういった美しさこそ美の本流ではないのかということを、人々に知らせようとしたのである。そして、民衆の暮らしから生まれた手仕事の文化を正しく守り育てることが、我々の生活をより豊かにするのだと主張したかったのである。
では柳の説く「民藝品」とは具体的にいかなるものであるのか。柳は、そこに見られる特性を次のように説明している。

  1. 実用性。鑑賞するためにつくられたものではなく、なんらかの実用性を供えたものである。
  2. 無銘性。特別な作家ではなく、無名の職人によってつくられたものである。
  3. 複数性。民衆の要求に応えるために、数多くつくられたものである。
  4. 廉価性。誰もが買い求められる程に値段が安いものである。
  5. 労働性。くり返しの激しい労働によって得られる熟練した技術をともなうものである。
  6. 地方性。それぞれの地域の暮らしに根ざした独自の色や形など、地方色が豊かである。
  7. 分業性。数を多くつくるため、複数の人間による共同作業が必要である。
  8. 伝統性。伝統という先人たちの技や知識の積み重ねによって守られている。
  9. 他力性。個人の力というより、風土や自然の恵み、そして伝統の力など、目に見えない大きな力によって支えられているものである。

また、そこに宿る民藝美の内容を、柳は「無心の美」、「自然の美」、「健康の美」であると説明している。
ところで、こういった特性をもった民藝品は、どこの国にも存在するわけだが、なかでも日本は、世界的に見ても独自な性格をおびた民藝品を数多くつくり出してきた。

なぜならば日本は、自然地理の条件から見ると、南北に長い国土を持ち、気候的にも寒い地方から暑い地方へと変化が大きい。そのことによって、各地にさまざまな生活様式を生み出し、種類豊かな工芸品の素材を自然のなかに育んできたのだ。
また、歴史的な条件から見ると、日本は島国で、しかも江戸時代には長いあいだ鎖国政策をとっていたため、外国との交流があまり行われなかった。加えるに、各藩は封建制度のなかできそって自国の産業や文化の育成に力を注いできたのである。
つまり、こういった条件の積み重なりの結果、日本に固有の工芸文化が生まれ、各地に地方色豊かな民藝品の数々が生まれていったのであった。
柳宗悦が、日本を「手仕事の国である」と呼んだ由縁である。